アイムログ

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        「道迷いさん(僕)の今までとこれからの道程の記録」 家の悩みと山の話、気分転換に他の事      

【ワンバンさすと、メッチャうまぁい!!】を考察する  餃子の王将

 

 

 

先に言っておくが
私は餃子が好きだ。

そして餃子が嫌いな人はこの日本にいないと信じてもいる。
誰に聞いたわけでもない。
誰に確認したわけでもない。
この国に、餃子が嫌いな人はいないのだ。

その中でも私は、
日本国民の中でも特に餃子が好きな分類の人間である。
これもどこに確かめたわけでもないが、間違いない。
理由?
そんなもの知るか。
自分がそう言うのだから間違いないのだ。
誰に否定されるものでもない。
愛に大も小もありはしない。
私が好きなものは全て、
私が世界で一番好きであることにどんな証明も必要のない事柄であることを
どこの誰が異を唱えることができるのだろうか。

ここに記すものは
私の愛が示すもの。

私の、餃子への愛だ。

 

 

 

 

 

次に断っておくが
私にも好きな餃子の種類というものはある。

餃子はだいたいすべてにおいて美味しくいただける自信があるが、お気に入りがないわけではないし好みだって当然ある。
ここでその好みの事を話にだすのはいくらか迷いがあるが、どこかの誰かの共感を得やすくなるのではないかという期待のもと記すことにする。

 

 

まずは
私が食べた餃子のなかで一番の衝撃だったモノ。
山歩きの際に立ち寄った、
千葉県木更津市畑沢にある浜奈食堂の焼き餃子。
話はそれるが、
私は千葉県、房総の山が好きで少ない年でも必ず毎年末には出かけるのだが
その際には地元の定食屋を巡り自分の好みの店を見つけるのも楽しみとしている。
この浜奈食堂もその店のひとつである。
焼き面は揚げ餃子かと思うほどの揚げ焼き、しかし硬すぎるわけではなく絶妙の歯ざわりだけを生んでいる。
餡はニンニクとショウガのバランスタイプ。誰の文句も許さない絶対の自信をぶつけられたかと妄想せざるを得ないバランスタイプ。しっかりめの味がつけられていてタレをつけなくても美味しいかもと初めて思ったほど。それでいてタレと自家製ラー油との相性はまるでケミストリー。ライス中サイズの白飯だけで足りるはずがない。

 

次に
私の中では変わり種に分類しているこちら。
街歩きをしている際にたまたま見つけた、
茨城県古河市横山町のドミニカの餃子。
ここの餃子は分類されるなら、ふくしま餃子だろう。
おかみさんが会津の出身だと耳にしたこともあるし(ちょっと遠いけど)、フライパンで焼き上げる円盤餃子の姿はまさしくふくしま餃子のそれである。
少し焼きすぎなのではないかと感じることもままあるが、それさえも美味しさのタネになり得るスナック感覚の焼き餃子。きっと黄金色に輝くビールに合うのだろうな。
この店は定食屋ではなく飲み屋の類なので、酒が飲めない私は円盤餃子をたらふく食う。
ドミニカは万人受けする店ではなく、気に入らない方も多いだろうなと思う要素も見受けられるが、その理由から心のシャッターをガラガラ閉店してしまう方はハッキリ言って損である。客としても愛がなければダメなのである。
ぜひ、5.6人前を注文して円盤餃子を楽しんでほしい。焼きたてのカリサクギョウザを味わってほしい。そしたら自然と笑みがこぼれるから。そしてそこにおかみさんの愛が感じられないならあなたは精神的に未熟であると、私は言い切りたい。

 

その次は
好みど真ん中のこの店の餃子。
私が地元よりも愛していると言っても過言ではない
栃木県足利市の旭町にある春囍(ハルキ)の餃子。
食のことは、全てにおいて人それぞれの好みによるものが大きいから上手く伝えられないものだ。
この世に溢れている安っぽい言葉で言うのは憚れるが、ハルキの餃子は控えめに言っても最高に分類されるものである。
大将自らが手打ちする皮が生み出す食感、野菜の餡はニンニクが主張せずショウガが効いている。ひと口では少しばかり大きいかもと思わせるがひと口で行かざるを得ない絶妙なサイズ感。すべてを纏める完全正解の焼き加減。
最高という他に、どんな形容の仕方があるのだろうか。誰か私に教えて欲しい。

 

最後に
関東圏以外の人でも聞いたことくらいはあるだろう。
日本全国に誇る「宇都宮餃子」。
その中でも私のお気に入りは名店、正嗣だ。というか正嗣一択だ。
これについては多くを語ることはすまい。

www.ucatv.ne.jp

メニューは焼きと水(餃子)のみ、という老舗。

直営店ではないが、ライスを提供してくれる粋な店もある。
宇都宮・餃子専門店「正嗣」 駒生店ホームページ
それがこの駒生店だ。
宇都宮出身の人に、ライスは邪道だと諭されたこともある。
正嗣を愛しているのは腹いっぱいになるほど、わかる。
しかし私に言わせてもらえば、
正嗣の餃子にライスを合わせない者こそ餃子愛の道から外れた外道である。
宮島本店や鶴田店を愛するがあまり、本質を見誤ってはいないか。
私の駒生店でのオーダーは、焼きが2枚とライスがセットになった「餃子ライス」にプラス焼き4枚。
アツアツをひと口で放り込み、絶対的に不足するライスをチマチマと食う。
6枚の焼きを食べ終わる頃には口の中はボロボロだ。
そんなことはまったくお構いなしに幸福感が押し寄せてきたら
鼻水をぬぐって流し目ウインクで退店だ。

 

これらの店の餃子の写真を掲載することは控えさせてもらった。
私がこれまで食した餃子があまりにも美しく、そして光輝き、この先の文が読者様の目に届かなくなることを恐れたからだ。
そう。本題はここからなのだ。

 

 

 

餃子の王将

 

関東圏に住む私だが
最近テレビCMを目にする機会が多くなったように思う。


【餃子の王将公式CM】「レッツワンバン篇」15秒

 

このCMをご覧になったことがおありだろうか。



【ワンバンさすと、メッチャうまぁい!!】

と、ケンドーコバヤシ氏は言っているのである。

いや正しくは
ワンバンさすと、メッチャうまい!!
と、言っているのである。

口語を文章にするなら
ワンバウンドさすと、メッチャうまい!!
となり、

日本全国の誰もがわかるように文字にするなら
ワンバウンドさせると、とっても美味しい!!
と言っていることになる。

 

 

先ほどまでの前置きで私の餃子愛はわかっていただけたことだろう。
そんな私が、餃子にまつわるこの行動を無視できないのは致し方ないことである。

 

公式CMの動画をご覧いただきたい。

ライスの上にたっぷりタレをつけた餃子をワンバンさせてから食べると、めっちゃうまい!!

まとめれば、ケンドーコバヤシ氏はこう言っているのである。
もしくは、ケンドーコバヤシ氏はこう言わされているのである。

いずれにせよ、多くの人が無心だとしても目にする・耳にする機会が激烈に多いテレビCMで、適当な事は言わないはずである。ケンドーコバヤシ氏は。

 

私は、餃子の王将に出向くことにする。

 

 

 

 

王将の餃子

 

 

王将ラヴァーの方を、関西圏の方を敵に回したいわけではない。
王将自体を悪く言うつもりがあるわけでもない。

が、しかし
王将の餃子って、美味しくない。と思っていたのが私である。

王将の餃子が美味しくない。という事実があるわけではなく
ただ、私がそう思っていたのである。

そう思っていたからか、餃子の王将に行ったのを思い出してみても
まず5.6年は食べに行っていない。
家の近くに餃子の王将は多くはないが、無いわけではない。
餃子が大好きな私が行こうと思えば毎週でも行けるほど、遠くはないところに店があることを知っていた。

私はラーメンがそれほど好きではない。
たまには食べたいと思う時はあるし、美味いと思いもする。
日本人はラーメンが好きなんだな、というのを街の店の数が物語る。
情報誌の多さが物語る。
私にとってどちらかというと、それは餃子のポジションであって
美味しい餃子の話を聞いたらすぐチェックするし、速攻でグーグルマップに♡を付ける。ラーメン店のラーメンより餃子が大事なのだ。餃子専門店は必ず一度は行ってみたいのだ。また、遠出をしたときはその地の餃子を試すことも多い。

そんな私が
「餃子の」と銘打っている王将に、5年も6年も行っていないというのはやはり
王将の餃子は美味しくないと思っていたからに他ならない。

 

先日、夜。
何年ぶりだろう…
あ、5.6年ぶりか。
餃子の王将に行ってきた。

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店に入ってまず感じたのはワクワク感。
嘘ではない。
このワクワク感というのは、定食屋で感じるようなもののことではない。
すたみな太郎で感じるもののことだ。

このお得感を出しているメニューがそう感じさせているのだろう。
群馬餃子定食をオーダー。

 

率直に言って、美味かった。
嘘ではない。

サイズはよくあるサイズ、皮もどこにでもあるようなもの。
餡もバランスタイプで、ニンニクとショウガが良い具合に効いている。
まさに普通の餃子なのであるが、私は美味いと思った。

焼きたてアツアツの餃子はしっかり美味しく、私にとっての餃子の王将への認識は変わった。

これなら毎週食いたい。

お世辞を言っているわけではない。
私に何の得があるわけではないし。

追加でにんにくゼロ生姜餃子1枚とライス中を頼んだ。

ふむ。私はこの5.6年の間、損をしてきたも同然だった。

 

 

 

餃子の食べ方

 

 

みなさま、餃子はどうやって食べているだろうか。
焼き餃子がいいとか水餃子が通だとかそういうことではない。
酢に胡椒を合わせてさっぱり食べる。やっぱコレだね!もちろん違う。
餃子はタレに決まっているだろうが。

食べ方のことである。
どうやってタレをつけるかである。
そういう話を始めようとしているのだから、その話である。

ラーメン屋の餃子は餃子皿にのっている。
端にはタレをいれるスペースがある。
その餃子はそのままそのスペースに合わせたタレをチョンチョンつけて食べればいい。

考えてみてほしい。
家で餃子を食べる場合はどうだろうか。
餃子皿があるお宅なんてゼロに等しいはずだ。
というか餃子皿なんて必要ないだろう。意味がわからん。いや店側としては洗い物が減るから価値があるのか。
じゃなくて家で食べる場合はどうだろうか、だ。
家で餃子は食べない?
そういう方はここでお引き取りいただいて結構。
いやだから家で餃子を食べる時はどういう皿にのせているかだ。

そう。
平たい皿にのせるだろう。
楕円の皿があるような気の利いたお宅であろうとも、その皿は平たいものかほんの少し深さがあるものぐらいと相場は決まっている。
したがって酢と醤油とラー油は、適当な小皿に注ぎ合わせるものだ。



 

 

 

小皿を持ってタレをたっぷりつけて口に放り込む

 

見出しの通りである。
餃子の基本はコレである。
基本的な餃子がタレをつけて食べるものなのだからコレだ。

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これが正しい餃子の食べ方である。

私の信じている行為がこれなのであって、そして真実である。
私の真実の前に、誰の異論も認めはしない。

その私の真実の前に立ちはだかったのが彼である。

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もう一度確認しよう。
ケンドーコバヤシ氏はこう、言うのである。

ワンバンさすと、メッチャうまい!!

ワンバン
ありえない行為である。

ワンバンさせる必要がどこにあるのだろうか。
餃子はタレにつけたらそのまま口の中にinである。
箸を持つ逆の手は飯椀を持っていないのだから、ケンドーコバヤシ氏がワンバンさせるべきだと言う白いライスは近くて遠いテーブルの上だ。

お気づきだろうか。
ケンドーコバヤシ氏はタレを注いだ小皿ではなく、飯椀を持って餃子を食べているのである。
なるほどこれが彼の真実なのだろう。
私は彼の真実の前に立つ前に、その真実を確かめてみる。
その為に、ここに来たのだから。

 

 

 

ワンバンさすとメッチャうまい?

 

 

そんなん変わるわけないやろ
妻は笑う。

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左手の小皿を飯椀に持ちかえる。

二つ目の餃子をテーブルの上にあるタレにつける。

白い飯の上に、ワンバンさせる。

ワンバウンドさせたんだ。

 

・・・
私は少なくともこの10年は、左手に小皿を持たずに餃子を食べたことはない。
もちろん餃子に白いご飯は最高の相性だ。
ひとつ餃子を口に入れる度に飯椀を持ち上げてご飯を頬張ってきた。
自分の真実を曲げたわけじゃない。
彼の真実を、
彼なりの真実があるかもしれないことを、確かめにきたんだ。

 

ワンバウンドさせたんだ。

ワンバウンドさせたんだ。

ワンバウンドさせたんだ。

 

 

みなさま、餃子はどうやって食べているだろうか。
当然ながら、餃子の味は変わらなかった。
変わるはずがなかった。
焼いた餃子はそのまま同じものだし、
タレは私が小皿に合わせたものがテーブルの上にあるだけだ。

しかし私は笑っていた。
笑っていたのだ。

ワンバンさせた餃子のあとにかき込んだのは白いご飯ではなく、
タレの染みたご飯だった。
その味も、紅色に染まったご飯の味も変わる理由はなかった。
だのになぜ
私の顔はほころんでいたのか。

 

 

 

ワンバンさすとメッチャうまい。

 

 

私は5.6年ぶりの餃子の王将に行ってきたあと、何度もケンドーコバヤシ氏の動画を見た。
真実はここにあった。

彼の瞳に映る幸せの中にあった。
いやごめんそれは嘘だ。

一応本気で考えると、こうだ。
たっぷりタレをつけた餃子を暖かいご飯の上にワンバンさせることで、当然ながらタレがご飯に染みる。咀嚼しながら次のご飯を持ち上げようとすると、温められたタレの芳香が立ち昇っていることに気づく。実はなかなか良い米を使っているじゃないか、炊きあげられたご飯の香りとラー油の香ばしさに醤油が少し角を取った食欲をそそる酢の匂い。それに気づかないふりをしてかまわずご飯をかきこむ幸せ。

私の考察なんて何の意味もなかった。
真実はひとつじゃなかった。
私が食べた二つの餃子はどちらも美味しかった。
彼が食べた餃子はメッチャうまかった。
ワンバンさせなかった餃子も、
ワンバンさせた餃子も、
どちらも変わらずうまかった。

私と、ケンドーコバヤシ氏は同じだった。
自分の行為と真実を信じ、伝えようとする同志だった。
もう一度彼の眼を見て欲しい。

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きっと私も、彼と同じ眼をしていたんだろう。
私の前には微笑む妻がいる。
変わらんやろ?笑

妻には伝わっている。
ワンバンしても変わらなかったという事が。
ワンバンしてもしなくてもうまいという事が。

結局私は、餃子の王将にしてやられたというわけである。
だのになぜ、少しも悪い気はしないのか。
もう一度ケンドーコバヤシ氏の動画を見た。
真実はそこにあった。

 

みなさま、餃子はどうやって食べているだろうか。
焼き餃子がいいとか水餃子が通だとかそういうことではない。
酢に胡椒を合わせてさっぱり食べる。やっぱコレだね!もちろん違う。
餃子はタレに決まっているだろうが。
味ぽんに決まっているだろうが。

食べ方のことである。
どうやってタレをつけるかである。
小皿のタレを餃子のヒレですくい上げて口にいれるのか、
白いご飯の上にワンバンさせるのか、
その話である。

みなさまの真実はどんな行為だろうか。
今こそ、食べてみて欲しい。
餃子の王将の餃子を、あなたにも。

 

 

 

 

 

 

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